あまからは四代続く織元が運営する、本場奄美大島紬専門店です。高級呉服店でも目にできない逸品をご紹介します。
本場奄美大島紬 あまから

江戸の粋を再現

徳川家の御召十(おめしじゅう)模様を元に図案を作成、本場奄美大島紬ならではの一元(ひともと)絣で織り上げました。 武士の美学、隠れたお洒落、粋さを追求した逸品です。

染めは同じく江戸時代に隆盛を極めた、徳島県の天然藍を使用。


一元絣

大島紬の特徴が出る細かい古典柄を復刻し、派手さではなく、織物本来の渋さ・粋さを追求しました。

奄美に住む年配の方や大島紬職人などの、いわゆる大島紬全盛期を知る方々は、「いい紬」というのは、「無地感でもよく見ると細かい織りの組み合わせ」といった、仕事にも粋さが伝わるものをいうのです。


奄美大島の「泥」と徳島の「藍」 伝統染め技法の融合


佐藤 昭人

国選定阿波藍製造無形文化財
日本藍染文化協会会長 
六百年の時を越え阿波藍を守り続けた佐藤家十九代目藍師
阿波徳島18代続く藍師の家に生まれ、10歳の頃から祖父に藍つくりの手ほどきを受け、現在は「阿波藍遺産と製造技術」の無形文化財の指定を受け、厚生労働省の認定する卓越技術者「現代の名工」の一人。

「ツバメが飛んで来たら種蒔き。
庭のタチアオイの一番上の花が咲いたら梅雨明け。
夏の日照りには藍をいじめんように水をやる。
わしのじいさんに教えてもろた通りに」

気象観測の確率も上がった最近だが
やっぱりその方法の方が当たっている。
藍は生きている。
藍を生かすも殺すも藍師次第。



岸田 恵光

岸文大島 三代目織元
大島紬伝統工芸士

大量生産時代の昨今では、職人に注文をつける目利きも少なくなっています。
目利きがいなくなれば、高度な技法も廃れていく。
そんな時代はもうすぐそこにあるのかもしれない。

こんな危機感にもかられ、「粋」とはなんだろう?・・・と、あらためて考えてみました。

日本の社会を作ってきた武士の求めた「粋」は、贅沢は敵といった美学から生まれました。

近くでじっくり見ると、繊細で決め細やかな柄が浮き出るような江戸小紋を求めた武士をそれに応えた江戸小紋職人の業。
それは、裾や袖口から見える色や模様、羽裏にも遊び心を入れた柄を施すといった、高度な「かくれたお洒落」を求める、目利き同士のやりとりから確立されてきたのでしょう。。。

我々の本場奄美大島紬は、正にこの「粋」を追求するための織物。
私もいかに繊細な模様を作り出し、目利きをうならせたい一心でものづくりを続けてきました。

織りの技法もこれだけできるのだ!

そんな品を今後も作り続けていきます。
携わって頂いた全ての職人さんにただただ感謝。

 

御召十(おめしじゅう) とは

藩ごとの小紋柄も決まっていた江戸時代。他藩との区別を象徴するため、徳川将軍家の「御召十(おめしじゅう)」、紀州徳川家の「極鮫(ごくさめ)」、加賀前田家の「菊菱」など、各藩で「定め小紋」を決めてそれぞれの柄を占有していました。


梅鉢 (うめばち)
肥後ー細川家

御召十 (おめしじゅう)
徳川将軍家

大小霰 (だいしょうあられ)
島津家

菊菱 (きくびし)
加賀ー前田家

極鮫 (ごくさめ)
紀州家

胡麻 (ごま)
肥前ー鍋島家


江戸時代には小紋の染め技術も発展し、武士の裃(かみしも)に細かな模様が染められるようになっていましたが、江戸時代の武士には贅沢は御法度といった美学があり、着物の模様をも細かくすることで、遠目には無地に見えるが、実は細かく、繊細な模様が施してあるといった「粋さ」を楽しむのも、この時代に確立されていたのでしょう。

お品名 御召十
製作者 岸田恵光(本場大島紬伝統工芸士)
織り 一元式
染め 泥藍草木
品質 絹100% 巾約40cm 丈約24m
価格 問い合わせ下さい

 

 


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